絵と私

私の名前には『絵』の文字が入っている。
不思議なもので、物心つく前から、絵を描くことが好きだった。

小学生の私は、いつもノートや学校の黒板に、絵を描き、漫画家になることを夢みていました。 幼い頃から目立っていた絵の才能をみて、美術の先生が私の親に、絵の方面の仕事にすすんだらどうかと話していたそうです。しかし、絵に関する仕事がしたいとは思いませんでした。

目に見えないもの。でも、あるもの。

生まれ育った実家は、自然がいっぱいです。
自然の中に生かされているという表現がぴったり。いくつかの自然の神様の祠があり、祖父は自然の神様の話をしてくれ、祖母や母はお地蔵様の話をしてくれました。父は、自然の中で仕事をしていたこともあり、自然に詳しかったです。

祖父や父は、絶体絶命の状況で、命をおとさなかった不思議な体験をしていました。何かに生かされた・・・。私は小さい時から、目に見えないものがあることを感じ、それを自然に受け入れて育ちました。

心赴くまま、多感な時代。

高校から、公共の交通手段のなかった生まれ育った地を離れ、アパートを借りて学校へ通いました。

すべてが新鮮で、好きだった絵を描くことも少なくなり、学校の授業以外で絵を描くことはなくなっていきました。美術の授業で、私の描いた絵をみた先生に誘われた美術部にも入部はしませんでした。

私は、絵を描くことより、映画に心奪われていきました。
映像の迫力や美しさに魅了され、映画を見終わった後の爽快さや、逆に後味の悪さ、自分の中に抵抗なく入ってきた様々な教えを感じると同時に、現実に戻されたせつなさやどうにもならない世界への嫌気・・・押し寄せる様々なものや刺激を感じ、映像とそのメッセージ性が感覚とともに、脳裏に刻まれていきました。

周囲の環境に不満はありませんでした。愛情のある家族、仲の良い友達。しかし、何かが足りない・・・。自分の存在理由がわからなかった私は、思考・想像したものを可能にする映像、そして発信できる世界に、夢をみました。そして、何かを伝えたい、表現したいという想いが、沸々と湧いていました。

命と道

しかし、進路を決める頃、誰にも映画に関わる仕事がしたいと言えず(そこまでの熱意もなかったのかもしれません)、親のすすめもあり、理学療法士になる為に、リハビリの専門学校へすすみました。抵抗はありませんでした。

私の祖父は、私が小学1年生の時、脳卒中で倒れ、7年程闘病生活を病院でおくり、亡くなりました。お見舞いに行った際に、病室で、祖父がリハビリを受けているのを見ていました。また、叔父も脳卒中を発症、リハビリの大切さは身近に感じ、わかっていました。

いつしか、私のなかから、芸術への関心は消え、理学療法士として働いていました。

生と死。命と向き合うその中で。

病院勤務中には、頑張り過ぎている人、人生を諦めている人、様々な人に出逢いました。時には、人の死にも遭遇します。そして、大好きな父の病気。父が入院中には、回復してほしいと奇跡を願い、絵と言葉で綴った手作りの日めくりカレンダーを父の為に飾りました。願いは届きませんでした。

父の死から何年かのち、自分自身もストレスを抱え、病み、職場に行けなくなってしまいました。自己否定、猜疑心、自己嫌悪、・・・、自分を責めるつらい毎日でした。

しかし、自分自身を諦めることはしたくなかったのです。自分を見つめ、自分を知るにはどうしたら良いのだろうか・・・自問自答の日々をおくり、その考えが一冊の本となり出版。それは、父への手作り日めくりカレンダーが原点でした。大切な誰かを想い、絵と言葉をカンバスに描くことで、小さな何かが優しく心に咲く・・・そんなあたたかな感覚を感じ、自分の命の光が、本来の輝きを取り戻していきました。それとともに、絵に意味やメッセージを込めること、また、自分の気持ちを絵で表現することが、私にとって幸せで楽しく、生きる上で重要な意味を持っていると感じ始めるのでした。

そして、子どもの頃感じていた目に見えないもの、精神世界や宇宙・自然界・人間の繋がりに、どめどなく興味があふれ、学び始めました。

学んでいく内に、地球上のあらゆる命が、尊く、儚く、美しく、そしてひとつとしてなくてはならない命であることを感じました。この地球で、種別を越えて多くの命と一緒に今を生きていることに、奇跡と感謝を感じるのでした。地球を守っていかなければならない、そんな思いが、幼い頃に遊んだ自然との思い出と重なって沸いてきました。

本当の私、小さな一歩。

本格的に絵を描いてみたいという想いを、もう押さえることはできませんでした。
押入の奧から、小学生の頃使っていた絵の具を引っ張り出し、再び描き始めました。止めどなくあふれるイマジネーションが、筆をカンバスに走らせ、様々な作風、メッセージが絵となり、現れました。 そして、初めて応募した小さなコンクールで入賞。

私の命とは?

2017年、私は車の大きな事故にあい、死に直面しました。
生と死は紙一重。私は、生かされたのだと思います。子どものころ、祖父母や父にしてもらった目にみえない力に救われた話、自然に生かされている話を、身をもって深く体感したのです。

そして、その事故のトラウマを解消してくれたのは、やはり、絵を描くことだったのです。

再度、自分自身を見つめ直し、もう一度、自分の本当にやりたい事は何か?心が喜ぶ事は何か?を問い、感じてみました。

子供のころから、自分の生まれた意味やするべきことは何か?
を自問してきました。恵まれた環境、愛情のある家族、信頼できる人達との出会い、不自由のない生活。しかし、何かが足りない。ずっと感じていました。
やっと、自分の使命ともいえることがわかったのです。子供のころから得意だった絵。私を幾度となく助けてくれた絵。名前に入っている絵。こんなにも身近にあった『絵』に、やっと私は気付いたのでした。

絵に助けてもらい、今度はその絵を通して、人々の役に立つ事が自分の喜びだと感じ、 2018年、病院退職。

その後、アーティスト活動を開始。 2018年12月に、絵画個展を開催。2019年4月にライブアートを行う。

命の輝きを描く「幸せになる絵」

自然の営みの中に、私たちの日常の中に、人を幸せにする、小さくて、大切なメッセージがたくさんあふれています。今まで、私は、様々な境遇や人や自然とのふれあいの中で、幸せになるカケラを集めてきたのだと思います。

地球上すべての物に命があり、役目があり、共存する理由がある。 それぞれの美しさや、それぞれが持つ意味、種別を越えて、次元を越えて、繋がっている事を絵に込める。

私は、今、この地球に生まれたことに感謝し、そんなメッセージ性を込めた「幸せになる絵」を描き綴っています。